情報の捉え方

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余命三年時事日記が久々の更新されました。
441 ご迷惑をおかけしました

久々の余命爺さまの記事ということで読み応えがありますね。どうやら2月5日で身辺整理が完全に終了し、6日からは24時間余命に専念できる形作りができたということもあり、これからの更新に期待といったところです。

個別のニュースなどはある程度は把握しているつもりでも、それらを精査するという作業などはあんまやらないわけで、自分の頭の中では整理することは出来ても、それを纏めるのは手間もかかるし、正直面倒臭いと思います。。。何気に情報を精査して纏めるのって、一つの事案だけでも手間がかかりますし、そこらへんはあらゆる情報源について、頭の片隅に留めておき、発信する材料にしても、考えるためのきっかけとなるものを発信することが重要だと思います。そういう意味では、このHPについても物事を見るためのきっかけとなるような材料を少しでも提供出来る場所にしたいというのはあります。筆者の考え方についても、正しいか間違ってるかではなく、考えるための判断材料になればいいという考えで運営しています。

情報の発信源の信頼というのが大きいわけですが、どんな情報源であったとしても、どのように捉えるかにとって、その情報の持つ意味が変わります。点で使える情報であれば拡散する価値はありますし、知らない限りは考えるためのきっかけを失うことを意味するわけで、その視点は必要だと思います。そして情報を曲解する連中もいるわけですが、情報を正しく受信するためにも、ノイズの除去は必要ですし、ノイズの除去のためには物事を知ることで、雑音を見極めることが出来ます。そういう意味では、このHPは読みにくいと思う部分もありますw

余命のコメントで真・カミカゼさんに関する記載がありましたので、リンクに追加しました。
http://ameblo.jp/ournamekamikaze/

個人的に偽カミカゼも真・カミカゼというのは大した問題ではないと思います。情報を発信するということは判断材料を提供するための場所を作ってるわけで、情報の受け手がどのように捉えるかが大事であって、それ以上でもそれ以下でもないと思います。それが余命三年時事日記が主導した集団通報や官邸メールという手段というのも、あくまで情報提供の場所を定めて実行することに意味があるわけです。どのように捉えるかは分からないけど、それは受け手の判断でしかありません。

何が正しいかとか間違ってるかではなく、発信されている情報をどのように捉えて動くかというのが重要なわけで、シャープと鴻海精密工業というのは分かりやすい事例とも思えます。一連の動きだと、福島みずほ銀行の動きは結構ヤバいですしねww銀行間だと創です価とかいう東京三菱の方がマシと思ったかな・・・。少々揉めてはいますが、鴻海精密工業の資金源がどこにあるのかというところに注視したいと思います。見る角度によって見える景色は異なるわけで、偽装保守騒動??も一つのケーススタディだと思いますよ(笑)