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649 軍事関連③

名無し
【湯浅博の世界読解】中国公船にらみ自衛隊派遣決めた安倍内閣 周辺国は日本の危機管理能力をじっと見ている(1/3ページ) – 産経ニュース
http://www.sankei.com/world/news/160420/wor1604200008-n1.html
2016.4.20 11:12更新
安倍晋三内閣の危機対処は、立ち上がりが早かった。熊本県を襲った大地震発生から5分後には官邸対策室を設置し、被害状況の把握に努めた。実はこのとき、政府は東シナ海を遊弋(ゆうよく)する中国公船の動向をにらみながら、被災地の熊本に自衛隊員2万人の派遣を決めなければならなかった。
この日午前、沖縄県石垣市の尖閣諸島周辺の領海を中国海警局の船3隻が侵犯していたからである。海警の3隻は午前中、2時間近く領海内をうろつき、西南西の方向へ出ていった。この間、海上保安庁の巡視船は海警が尖閣に近づかないよう警戒し、海上自衛隊の艦船も距離をおいて警戒していた。その夜の大地震発生であった。
海警の3隻が去った後も、政府・自衛隊は依然として南西方面に気を配らなければならなかった。
2011年3月、未曽有の東日本大震災の際に米軍はいち早く2万人動員の「トモダチ作戦」を展開してくれた。まもなく、中国からも15人の救援隊が送られてきたが、1週間して帰国した。入れ替わりに、軍艦を尖閣諸島に送りつけてきたのである。
当時、菅直人内閣の動きに「日本は御しやすい」と判断したのだろうか。ロシアの空軍機は、「放射能測定」を理由に日本の領空ぎりぎりを飛び、中国の艦載ヘリも尖閣沖の海自艦に異常接近して、結果的に復旧の邪魔をした。
香港の「東方日報」は地震発生から約1週間後、尖閣を奪取すべきだと指摘して、「日本が大災害で混乱しているこの機会が絶好のチャンスである」とホンネを吐いていた。
内紛や天災で国が乱れると、そのスキを突いて敵対勢力がなだれ込むのは国際政治の過酷な現実である。腹に一物ある周辺国は、危機に陥ったときの日本のクライシス・マネジメント能力をじっと見ている。それが有事にも直結するからだろう。
過去にも大正12年9月の関東大震災の際、救援の外国勢と裏では虚々実々の駆け引きをしていた。
日本海軍は地震発生とともに、国内3つの鎮守府から艦艇が急行したほか、連合艦隊が東京湾に向かった。このとき、黄海にあった米国の太平洋艦隊も震災4日後に8隻が東京湾入りして、その早さに海軍当局者は度肝を抜かれた。
米軍の救援部隊の中には情報要員が紛れ込んでいた。驚いたことに、この時の震災と火災の関連調査が、後の日本本土空襲作戦の立案の際、焼夷(しょうい)弾使用の参考にされた(防衛研究所ニュース通算86号)。
東日本大震災から早くも5年が経過した。民主党から自民党政権にかわり、日本の危機対応能力は格段に向上している。制度面では、国家安全保障会議(NSC)を設置して効率的な意思決定システムを整えた。運用面でも、中国による領海侵入が繰り返されても、日本はそのつど押し返している。
安倍首相は集団的自衛権の一部行使が可能な安保法制を整備し、同盟国とは日米防衛協力のための指針(ガイドライン)を改定し、いざというときの役割分担も整備した。
それでも足りないのは、予想される首都直下型大地震のような「国家存亡にかかわる事態」への対応である。現行憲法にない「緊急事態条項」を早急に補い、万全の態勢を組むのが国民への責務であろう。(東京特派員)

today
こんにちは
熊本地震での自衛隊の活動には、いつものことながら頭が下がります。
(昭和32年2月初旬の)吉田茂(元首相)の防大卒業生への願いより
「君達は自衛隊在職中決して国民から感謝されたり、歓迎されることなく自衛隊を終わるかも知れない。きっと非難とか誹ぼうばかりの一生かもしれない。御苦労なことだと思う。
しかし、自衛隊が国民から歓迎され、ちやほやされる事態とは外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか国民が困窮し国家が混乱に直面しているときだけなのだ。
言葉を変えれば君達が日陰者であるときのほうが、国民や日本は幸せなのだ。堪えて貰いたい。一生御苦労なことだと思うが、国家のために忍び堪え頑張って貰いたい。自衛隊の将来は君達の双肩にかかっている。しっかり頼むよ。」
平時においては、自衛隊員の方々は日本人のため日陰者として支えてくれ、日向(災害など非常事態時)には全力で助けてくれます。
なので、平時においては、日本人がサヨク、マスゴミからの誹謗、中傷から、自衛隊を守らなければならないと思います。
これは自衛隊だけでなく、文化財、皇室にも言えることだと思います。

アオイ
南シナ海(参考)
星条旗新聞
Defense official: China deploys 16 fighter jets to disputed South China Sea island -By Corey Dickstein
Stars and Stripes
Published: April 13, 2016
WASHINGTON — The Chinese have now deployed the largest number of fighter jets ever to Woody Island, one of the disputed South China Sea islands that they claim is their territory, a U.S. defense official said Wednesday.
(以上、抜粋)
1 星条旗新聞2016/04/13は、中国が、西沙諸島(南シナ海)ウッディー島に「戦闘機16機」を配備したと報じています。
2 ウッディー島は、ベトナム沿岸から東に約500kmの南シナ海上に位置する島で、中国の他、台湾とベトナムが領有権を主張している。
(日中共同声明1972から2年後、日中平和友好条約1978の4年前の)1974年以来、中国が実効支配している(Wikipedia)。
3 ウッディー島には、既に地対空ミサイルが配備されている(ロイター2016/02/17)。また、3000m級の滑走路も整備されている。
※アジア地域における中国による覇権の追求が止まりません。(以上、アオイ)

アオイ
北朝鮮関連
1 北朝鮮の弾道ミサイルの脅威を理由にTHAADを韓国に配備しようとする不思議。
北朝鮮からの長距離弾道ミサイルは、
(1)米国東海岸を目標とした場合、ほぼ北向き(真北から30度ほど東寄り)に発射する(2)米国西海岸を目標とした場合、北海道の稚内付近の上空を通過する
(3)ハワイを目標とした場合、青森県付近の上空を通過することになります。
また、THAADは、ミサイルが上昇し、下降してから迎撃することになっているので、もし、米国がTHAADで北朝鮮のミサイルを迎撃したいのであれば米国本土に配備すればよいこと。それに、韓国へは短距離弾道ミサイルをTHAADの射程高度以下の低空(デプレスト)軌道で撃ち込めばよいわけで、韓国にとって1セット800億円とか1000億円もするシステムを北朝鮮のミサイルを迎撃するために配備する必要は無いと思います。
2 では、なぜ米国は韓国にTHAADの配備を迫るのか。
(以下、想像ですが)
仮に、THAADをソウル付近に配備すると、中国の四川省(核施設)とかフィリピン海溝(中国の原潜)あたりから朝鮮半島へ向けて飛んできた弾道ミサイルを迎撃できることになります。
つまり、中国から朝鮮半島(北朝鮮も)を防衛できることになると思います。
ですから、もしかしたら、中国義勇軍及び北朝鮮軍と、国連軍との間での、休戦協定に代わる停戦協定とか平和協定に何かしらの関係があるのかもしれない、と想像してしまいました。 (以上、アオイ)

ななこ
余命様、スタッフの皆さま、毎日更新とコメントへのご対応に心より感謝申し上げます。
ご著書「余命三年時事日記」「余命三年時事日記ハンドブック」は、日本国民の生命財産を守るための日本版「民間防衛」として一家に一冊配布される必要がある書籍と考えております。
現在は日本人覚醒ムーブメントが起きてきて、日本を守る意識が燎原の火のように広がっていくのをリアルタイムで見る一種の昂揚感を感じる時があります。「初めて自分が心底日本人であることを自覚するアイデンティティの目覚め」のようなものでしょうか。しかし残念に思うことは、市井の人間が音を立てて覚醒していくのに比べて、一般的な政治家に意識と知識レベルの低い人間が多いように思われることです。
以前、何度か専門家の方々のお話を聞く機会がありました。そのときに異口同音におっしゃることは「欧米では軍事のわからない人間は政治家になってはならない」ということです。外交と防衛はコインの裏表、テーブルの上でニコニコ握手しながら下では蹴り会うのが仕事であると伺いました。
軍事をわかるのが並大抵のことでなく、正しい知識がどこにあるのかも一般には知らされていません。その中で、余命三年時事日記は数少ない教養書として大変有効だと考えております。(紀伊國屋書店の分類は和書・教養です)。余命三年時事日記に加えて、軍事が正しく知的にわかるということを目的に、どのような本が適しているのかを自分の経験という狭い範囲ですが、少し考えてみました。

・防衛白書を読む。防衛省の白書を毎年眺めるだけでも、日本の現状が感覚的につかめる。
・軍事の教科書と呼べるような書籍を手元に置いて参照する。私がご尊敬申し上げる第23代陸上幕僚長の冨澤暉先生のご著書は、極めて知的かつ抑制的に現実に即した軍事論を展開されていて大変勉強になります。いわゆる左翼的な方も圧倒的な知性に魅せられてファンになってしまうような方です。
冨澤先生のご著書が昨年出版されていたのを先ほど知りました。中身を見なくてもどれほど読みごたえがある本なのか想像がつきます。これから注文して読むことがとても楽しみです。
逆説の軍事論 単行本 – 2015/6/19  冨澤暉 (著) 単行本 \1,944
元陸上自衛隊幕僚長だからこそ語れる真の国防論。 なぜいま集団安全保障なのか。左翼の夢想と右翼の妄想を排し、軍事と平和のパラドックスを鋭く衝いた出色のリアル安全保障論。
なお、冨澤暉先生が執筆陣に加わったご著書を紹介させて頂いた拙文を下記に引用いたします。
第23代陸上幕僚長の冨澤暉(ひかる)先生による、安全保障についての講演を拝聴してまいりました。テーマは日米同盟。冨澤先生は現在大学で教鞭をとっていらして、安全保障(軍事)を講義していらっしゃいます。
何と申しますか、全身からあふれ出る本物感。自衛隊のトップとは一見してわからないような柔和で知的な雰囲気。本当に魅力的なお話上手で、ソフトで、ユーモアがある真の教養人にして本物の紳士。お父様が芥川賞作家でお母様が画家というのも頷けます。
それに引き比べて、わが国の政治家の薄っぺらさは何とかならないものでしょうか?愚民化政策により、低レベルに自ら進んでおちていくような洗脳を施されてしまった国民の悲喜劇なのかもしれません。
でも大丈夫。これから勉強をすることによって、覚醒したり、持っていないものを身につけたり、失ったものを取り返すことは可能です。冨澤先生が執筆陣に加わった素晴らしい書籍があります。大震災を機会に、日本の現状や自分の無力感に打ちひしがれている方々、どうか勇気をもちましょう。そして勉強して強くなりましょう。
『国際政治経済を学ぶ―多極化と新しい国際秩序』 野林 健 / ミネルヴァ書房
日本戦略研究フォーラム
当フォーラムの評議員・元陸上幕僚長・東洋学園大学客員教授の冨澤暉氏が、このほどミネルヴァ書房から出版された『国際政治経済を学ぶ』の第9章「安全保障と軍事」を執筆しました。
この本は大学(院)の教科書として出版されたものですが、当フォーラムの『季報』でも春号(Vol 48)から氏の執筆による「大学生に教える 安全保障と軍事」として連載が始まりました。より詳しく、より深く「安全保障」と「軍事」を学べる教科書として、また、中国優位、米国劣位とも云われるパワ―・バランスの逆転に備え、その狭間にある我が国はいま何を考え、何をしなければならないのかを探る上でも、是非お薦めの1冊です。

日本桜
余命ブログ:29 2013年参院選を考察する。②
http://yh649490005.xsrv.jp/public_html/2015/08/21/29%E3%80%802013%E5%B9%B4%E5%8F%82%E9%99%A2%E9%81%B8%E3%82%92%E8%80%83%E5%AF%9F%E3%81%99%E3%82%8B%E3%80%82%E2%91%A1/

で、余命様が言及されていた 米F22を凌駕する性能を有すると云われている国産ステルス戦闘機の実証機である「心神」がついに初飛行に成功しました。産経新聞の野口記者がレポートしていますが、余程嬉しいのでしょう記事の端々に高揚感が見て取れます。全文は産経ニュースサイトでどうぞ。

【日本版ステルス機初飛行】大空に舞った「平成の零戦」 米軍「F-35」を凌駕する「心神」「軍事情勢」野口裕之記者レポート
産経ニュース 2016.4.22 09:03更新
驚くほど細身で、しなやかささえ漂う「白地に赤く」彩られた機体は、前脚が滑走路から離れるや、グイと大空を見上げた。「空の青」に鮮やかに溶け込み始めた、操縦席直下に映える「日の丸の赤」に感動したのも瞬く間、頼もしい爆音とともに、かなたへと消えていった。
国産初となるステルス戦闘機開発に向けた《心神》は22日、初陣を飾ったが、眼下に広がる濃尾平野が「若武者」の門出を祝った。
心神は、防衛省の発注で三菱重工業などが製造する《先進技術実証機》の愛称であるが、誰が付けたか分からぬものの、富士山の別称とは心憎い。航空自衛隊・小牧基地(愛知県小牧市)を飛び立った心神は30分後、空自・岐阜基地(岐阜県各務原市)に着陸を果たしたが、国戦闘機開発の再生は緒に就いたばかり。わが国を取り巻くキナ臭い情勢を観察すれば、かつてわが国が掲げたスローガン《翼強ければ国強し》を、再び強力に実行する時代を迎えた。

日本航空史の屈辱「大学の応用力学科」
心神が、零戦と縁(えにし)が深い三菱重工業の愛知県内の工場で生まれたためかもしれぬ。心神の晴れがましい姿が見えなくなると、水を差す言葉が頭をよぎった。
《応用力学科》
大東亜戦争後、大日本帝國陸海軍の傑作機復活を恐れる連合国軍総司令部(GHQ)は日本の航空機産業をズタズタにした。《航空禁止令》により、航空機の研究開発はメーカー各社も大学も全面的に禁じられた。大学では《航空工学科》の看板が下ろされ、《応用力学科》などと名称変更を強いられた。世界に冠たる名機製造に参画した技術を泣く泣く封印し、鍋・釜の製造で糊口をしのいだメーカーもあったやに聞く。昭和27年の《サンフランシスコ講和条約》発効で主権を回復し、航空禁止令は解かれたが、時既に遅し。世界はジェット戦闘機の開発競争時代に突入していた。(以下略)
http://www.sankei.com/politics/news/160422/plt1604220011-n1.html
(日本桜)

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