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2260 ら特集10仙台弁護士会⑤11

平成25年03月13日 裁判員制度の見直しに関する意見書
ttp://senben.org/wp-content/uploads/2013/03/saibaninseidoikensho_2503.13.pdf
2013(平成25年)3月13日
裁判員制度の見直しに関する意見書
仙台弁護士会 会長 髙橋春男
-目次-
第1 はじめに2頁
第2 裁判員裁判の選択制について3頁
第3 裁判員の量刑への関与について5頁
第4 裁判員の死刑判断への関与について8頁
第5 公判前整理手続について11頁
第6 評議・説示について12頁
第7 区分審理制度について15頁
第8 少年逆送事件について16頁
第9 その他刑事訴訟法運用適正化について17頁
– 2 –
第1 はじめに
裁判員法附則第9条は,裁判員制度実施「3年後」に必要に応じて見直しを行うべきことを規定している。当会は,現行制度には見直されるべき問題点があると考え,その概要を本意見書に取りまとめた。当会は,2008年(平成20年)10月7日に,裁判員制度の実施を迎えるに当たって裁判員制度の課題に対する意見書(以下「2008年意見書」という)を作成し,公表した。同意見書では,裁判員制度が抱えている問題点と課題を指摘し,その克服を志向しながら制度の運用に当たることが制度の趣旨に則し,また,誤判・冤罪防止のための刑事手続全体の改革のために必要であると考え,以下の7つの問題点について指摘し意見を述べた。
(1)公判前整理手続および公判手続における十分な弁護権・防御権の保障
(2)評議における裁判官の適切な手続の説明等の重要性
(3)量刑判断の課題
(4)部分判決制度の限定的適用
(5)控訴審に関する刑事訴訟法の改正についての検討
(6)少年逆送事件と裁判員制度の問題点
(7)その他取調べの全面可視化の実現等
 上記の意見書作成の際の観点,すなわち,被告人の権利保障が十全になされているか否か,誤判・冤罪防止のための制度としての制度的保障がなされているか否かという観点は,本意見書を取りまとめるにあたっても重視した。このような観点にたって,3年間の裁判員裁判実施状況等を踏まえて検討を行い,改めて次のような点を確認した。すなわち,刑事裁判制度においてもっとも重視されなければならないのは,被告人の権利保障の観点であり(憲法第31条,憲法第37条,刑事訴訟法第1条),それは裁判員制度のもとであっても些かも揺らぐものではない。裁判員制度が,国民の司法参加によって,司法に対する国民の理解の増進とその信頼を向上させようとする目的を有しているとしても,その目的が被告人の人権保障に上回る利益であるはずがない。換言するならば,現行裁判員制度の仕組みないし運用が被告人の権利保障を脅かす虞があるのであれば,それは,制度自体の問題として大胆に改変すべきである。被告人の権利保障を全うするためにこそ,国民参加の意味があると言えるのであり,また,そのような制度であって初めて,国民の理解の増進とその信頼の向上に資するというべきである。もとより,当会でこれまでに検証ができた裁判員裁判の数が十分とは言えず,また,裁判員の守秘義務に阻まれ評議が適正に行われているか否かの検討を十分に行うことが出来なかった側面があるし,理論的に困難な課題を含む控訴審の在り方については意見の取り纏めには至らなかったこと等,本意見書には不十分な点があるが,本意見書は,上記のような観点から,被告人の権利保障のために早急に見直されるべきものを中心に,取りまとめ公表に至ったものである。
第2 裁判員裁判の選択制について
1 意見
 現行制度の裁判員裁判対象事件について,被告人が裁判員裁判(裁判官と裁判員の合議体による裁判)と裁判官裁判(裁判官のみによる裁判)とを選択できる(被告人が裁判員裁判を拒否できる)制度に改正すべきである。
2 理由
(1)裁判員裁判導入の功罪
 裁判員制度が導入され,裁判員法第2条所定の事件が裁判員裁判の対象とされた。裁判員裁判の実施により,直接主義・口頭主義の実質化により刑事裁判が活性化している,無罪推定の原則を徹底した判断により無罪判決が言い渡される例が多い等,裁判員裁判の有意性を指摘する意見がある一方で,被告人の身柄拘束期間の長期化,刑事裁判の滞留,分かりやすい審理の強調による主張・証拠の過度の絞り込み,刑事訴訟の基本原則に対する理解を欠いていると指摘される判決の例(責任主義の視点を欠いて量刑判断がなされた大阪地方裁判所が平成24年7月30日言渡しのいわゆるアスペルガー症候群判決【大阪高等裁判所平成25年2月26日言渡し判決で破棄】等)といった,人権上見過ごせない様々な問題点も指摘されている。
(2)被告人の基本的人権の保障という刑事裁判の基本原則との関係
 刑事裁判においては,無罪推定の原則のもとで,国家刑罰権の行使に対する被告人の防御権・弁護権が保障されなければならない。刑事訴訟法第1条にも被告人の基本的人権の保障が明記されている。裁判員裁判も刑事裁判である以上,この被告人の基本的人権の保障という基本原則が当然に適用されるのであり,国民の司法に対する理解の向上という裁判員法の主たる目的との比較においても,この基本原則が優先されるべきことは明らかである。現行裁判員裁判に上記(1)のような問題があることに鑑みれば,被告人に一律に裁判員裁判による審理を強制するのではなく,どのような裁判手続による方が人権擁護に資するかという見地から,被告人に手続の選択、すなわち裁判員裁判の拒否権を認める制度が,被告人の権利の保障に最も適うと考えられる。
(3)裁判員裁判の実情からみた制度の在り方について
実際の刑事裁判の運用状況においても,冒頭で述べたように,裁判員制度が実施されたことによって,直接主義・口頭主義の実質化による刑事裁判の活性化等,裁判員裁判の有意性が指摘されている反面,被告人の身柄拘束期間の長期化,刑事裁判の滞留,主張立証の過度の絞り込み等,人権上見過ごせない様々な問題点も指摘されている。このように裁判員裁判の運用において,上記のような有意性や欠陥が現実化していることに鑑みても,被告人自身がいずれかの手続を選択できるようにすることが,被告人の権利擁護に資することは明らかである。
 (4)憲法上の「裁判を受ける権利」と被告人の選択権(拒否権)憲法第32条は,何人に対しても裁判所の裁判を受ける権利を保障し,憲法第37条1項は,被告人に対して公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を保障している。この憲法第32条及び第37条1項は,被告人に対して裁判官による裁判を受ける権利を保障するものと解されてきたが,裁判員制度が導入されたことにより,刑事裁判には,裁判官裁判(裁判官のみによる裁判)と裁判員裁判(裁判官と裁判員の合議体による裁判)が存在することとなったことから,裁判員裁判対象事件において,被告人が,裁判官(のみによる裁判)ではなく,裁判員による裁判を受けることを強制されることは(拒否できないことは「), 憲法が定める被告人の裁判を受ける権利の侵害であり,裁判員裁判は憲法違反である」との意見も唱えられている。以上のような,裁判員裁判に対する憲法上の問題提起や批判は,被告人に選択権が認められることにより解消できるのであり(被告人自身が,自らの意思で裁判官のみによる裁判を希望しなかったことになり,裁判員による裁判を強制されたことにはならないので,違憲の問題は解消できる),このような観点からも,被告人に選択権(拒否権)が認められるべきである。
(5)裁判員法が被告人の拒否権を認めない理由とこれに対する批判
 裁判員法が裁判員裁判対象事件について,被告人の選択権(拒否権)を認めていない理由の一つとして,「新たな参加制度(裁判員制度)は,個々の被告人のためというよりは,国民一般にとって,あるいは裁判制度として重要な意義を有するが故に導入するものである以上,訴訟の一方当事者である被告人が,裁判員の参加した裁判体による裁判を受けることを辞退して裁判官のみによる裁判を選択することは認めない」というものがあげられている(司法制度改革審議会最終意見書 106 頁等)。この理由は,刑事訴訟制度の本来の目的である国家刑罰権からの被告人の人権擁護よりも,国民の司法に対する理解の向上という裁判員裁判法の目的を優先させるものであり,被告人の選択権を否定する理由とはなりえないはずのものである。また,選択権を否定する根拠として,「選択権を認めると,裁判員制度が利用されなくなるおそれがあること」が指摘されている。しかし,裁判員制度が被告人の権利保障に資する制度であれば自然に相当数の被告人・弁護人が裁判員の加わった裁判を選ぶはずであり,裁判員制度が利用されなくなるとすれば,制度自体が被告人の権利・利益の観点から問題が多い制度であることを意味するに過ぎない。その場合は,被告人・弁護人が指摘する問題点に耳を傾けて制度の改善・改正に踏みきればよいのであり,そうすることによって,裁判員裁判と裁判官のみの裁判の両方の手続の改善が進むことも期待される。
(6)選択制の前提(選択権行使の仕方と時期)
 現行制度においては,裁判員裁判対象事件は,起訴後公判までの間に,公判前整理手続が予定されている。選択制を採用する場合,いずれの手続を選択するかを決めることは,公判における審理スケジュールを確定する上で不可欠であることから,選択権の最終行使時期は,公判前整理手続の最後の段階までとするのが相当と考えられる(但し,現行の公判前整理手続は,問題が多い制度なので,第5項のような改正を求めるべきである)。もっとも,裁判員裁判対象事件の中には,全面的自白事件で,殊更争点となる点がないもの等,必ずしも公判前整理手続に付さなくてもよいような事件もあることから,まずは全面証拠開示(意見内容は第5項参照)後相当期間内に,公判前整理に付するかどうかを弁護人が判断し(裁判員裁判を選択する可能性がある場合には,公判前整理手続を選択する),同手続において公判の進行を整理する中で,最終的の整理期日までに,裁判員裁判を選択するかどうかを決定する制度設計が相当と考えられる。
第3 裁判員の量刑への関与について
1 意見
 当会は,2008年意見書において,裁判員が量刑の本質を踏まえた適切な判断をなしうるために,量刑資料の提供,評議のあり方が工夫されるべきとの意見を述べているが,これまでの裁判員裁判の実績に鑑みると,前掲したアスペルガー症候群の被告人に対する大阪地方裁判所判決等,刑事裁判に初めて関与する裁判員に刑罰や量刑判断の本質の理解を求めることが極めて困難であることを示す事例が相次いでいることから,裁判員に量刑を判断させる現行制度を見直し,裁判員は事実認定にのみ関与し量刑審理には関与しないとの改正がなされるべきである。
2 理由
(1)はじめに
被告人の量刑を裁判員に判断させるということは,量刑にも市民感覚が反映されることを是とするということである。しかし,それまで刑事裁判に携わったことのない裁判員の大半は,刑罰や量刑の本質をほとんど理解しないままで裁判に参加しているはずである。そのため,ともすれば,裁判体によって量刑因子の評価が異なり,同種事案でも量刑に大きな差が生じる可能性は否定できない。
(2)刑罰制度の本質について
刑罰制度の本質(何のために罪を犯した者に刑罰を科すのか)については,①応報(自分がしたことに相応した報いを受ける),②教育(罪を犯した者を教育して再社会化する),③抑止(刑罰を科すことで将来の犯罪発生を抑止する)の,大きく分けて3つの要素がある。そして,これら3つの要素については,いずれかひとつのみを重視するのではなく,これらの要素がいずれも刑罰制度の本質に含まれていると考えるべきである。刑罰の本質に関する説示を十分な時間をとり丁寧に行わなければ,裁判員によっては,被害者の意見陳述に強く影響され,応報の観点からのみ量刑を判断するというような事態が生じかねない。しかし,裁判員の負担も考慮して組み上げられたタイトな審理スケジュールの中で,刑罰や量刑の本質の説明に当てることのできる時間はそう多くないはずであり,また,説示を幾ら丁寧かつ適切に行ったとしても,裁判員の理解の程度には個人差があるため,全員がその専門的な説明を全て理解しうるかは,極めて疑問である。前掲したアスペルガー症候群の被告人に対する大阪地方裁判所判決は,その量刑の理由において「社会内で被告人のアスペルガー症候群という精神障害に対応できる受け皿が何ら用意されていないし,またその見込みもない」から「被告人に対しては許される限り長期間刑務所に収容することで内省を深めさせる必要があり,そうすることが,社会秩序の維持にも資する」と,本人の責任に帰することのできない事情を理由として刑を重くするという,刑法の立脚する責任主義に真っ向から反する判断を示している。このような,責任主義に明らかに抵触した内容の判決がなされたことは,裁判官が裁判員に対し,刑法の理念や刑罰の本質を十分に説明しきれなかったか,裁判員が裁判官の与える専門的・理論的な説明を根本的なところで理解していないのではないかとの疑念を禁じ得ない。
(3)量刑判断の困難性について
本来,量刑は,被告人の犯行に関する情状及びその他の情状(一般情状)を総合的・多角的に検討した上でなされなければならない。裁判員制度開始前は,裁判官が他の事件との比較検討や,同種事件の量刑傾向も十分に踏まえながら量刑判断を行ってきた。それなのに,当該裁判に関与するまで,裁判経験的や知識を有しない裁判員に,このような専門的判断を担わせようというのは,本来的に困難な作業を裁判員に行わせようとしている,と言っても過言ではない。近時は,裁判員裁判における量刑因子を絞り込む方向性も検討されているようである。しかし,量刑は個別具体的な事件との関連の中でいずれが重要でいずれが重要でないかが検討されるべきものであるから,量刑因子を限定的に扱うことにより適切な量刑判断が妨げられるおそれが生じることは否定できない。また,判例検索システム等により,過去の同一罪名の罪に関する量刑をグラフ等でデータ化した量刑資料を用いたとしても,その運用は刑の事実上の上限と下限を把握したり,おおよその量刑の分布を知る上で意味を持つに止まり,個別具体的な事情を踏まえて適切な量刑判断を行うことを可能にするものではない。
 裁判官に,刑罰や量刑に関する詳細な説示を義務づけ,各量刑因子の持つ意味を十分に検討させて,事件ごとに重要な情状とそうでないものを抽出させるということは,裁判官及び裁判員に大きな負担となると思われる。しかし,本来量刑は,このような慎重な検討を経なければならない性質のものであり,裁判員の負担軽減という理由のもとに軽々しく判断がされるべきではない。刑事裁判に初めて関与する裁判員に刑罰や量刑判断の本質の理解を求めることは極めて困難であり,裁判員裁判の限られた審理の中で,それを実現することは不可能であることから,裁判員に量刑を判断させる現行制度を見直し,裁判員は事実認定にのみ関与し量刑審理には関与しないとの改正がなされるべきである。なお,司法研究報告書第63輯第3号「裁判員裁判における量刑評議の在り方について」は,裁判官に対し量刑に関して裁判員と評議をする際の指針を提供するという意味で,評議のための実質的な手引きとなる論稿であるが,その序文において既に「裁判員に量刑相場に依拠するなどして量刑についての意見を述べてもらうことは,裁判官と同様の体験的感覚を有していない裁判員には困難」であるということが記載されている。また,その内容としても,「裁判員が刑を決めるにあたって,『何が分からないのか』,『何を疑問に思っているのか』を裁判官が理解しないまま,基本的な考え方を型どおり説明すれば適切な評議が行われるというものでもない」「そのようなときに,裁判官が基本的な考え方に則っていかに適切に説明できるのかが大事なことである」と言いつつ(同報告書10頁),難解な概念に関する説明例や,事例ごとに予想される裁判員の疑問や無理解等(例:前科がないことがなぜ被告人に有利な事情になるのか)を解消するための説明例については具体的な言及が全くされていない。これは,この報告書自体が,既に裁判員裁判において,量刑に関し適切な評議をし,
ひいては適切な量刑を導くことが制度上困難であることと認めていることの現れである。
第4 裁判員の死刑判断への関与について
1 意見
仮に,従前通り裁判員裁判において裁判員が量刑を判断するとしても,
①死刑求刑が想定される場合は,公判前整理手続において,検察官が死刑を求刑する可能性があることを明示し,死刑を科すことの可否を争点として組み入れるよう,検察官に義務づける
②死刑判断が慎重になされるよう,過去の量刑傾向と比較検討ができる制度の採用,各種鑑定資料の証拠採用,審理期間の確保等の運用等,が実施されるべきである
③死刑判決を言い渡すに当たっては,裁判官と裁判員の全員の一致が必要であるという要件を設けるべきである。
 2 理由
 (1)死刑求刑がなされうる場合の争点化
 死刑が求刑される事件の場合,弁護人の防御のあり方も懲役刑が求刑される場合とは大きく異なる。死刑求刑事件では、被告人に対して死刑を科すことがやむを得ないと言えるかどうかを,被告人の生育歴・被告人の精神及び心理に関する分析,そして従来の量刑傾向との関係等から主張立証していくことになる。また裁判員の判断しなければならない事項も通常の懲役刑求刑の場合とは異なることになるから,公判前整理の段階で,死刑求刑の可能性がある場合はそれを検察官に明示させ,争点化することを義務づける必要がある。なお,死刑を争点化した場合でも,検察官に対して最終的に死刑を求刑することを強制するものではない(検察官のほうで死刑が相当でないと判断すれば死刑求刑しなくてもよい)とすれば,検察官の訴訟活動を何ら制限することにはならないから,この点で上記のような義務づけをしたとしても検察官の訴訟活動を不当に害することにはならないはずである。
(2) 死刑求刑のなされうる事件の審理
ア過去の量刑傾向と比較検討
 裁判員制度が刑事裁判に市民感覚を採り入れようとする法制度であるところ,その「市民感覚」の名の下に,責任主義とは異なる社会防衛の感覚が入り込みかねない。死刑が求刑されうるような重大事件では,その社会防衛の感覚はより一層量刑に入り込むことになるであろう。当然,裁判官も裁判員に対する説示を行っていると思われるが,説示の内容が公表されない上に,最終的に裁判員が社会防衛の観点から死刑の意見を述べたとしてもこれを無理に説得して変えさせる権限までも裁判官が有しているわけではない。そのため,過去の量刑傾向では懲役刑が相当と思われる事案についても,社会防衛の感覚に基づいて死刑が言い渡されてしまうおそれは十分に存在する。勿論,現行制度のもとでは行為に応じた責任として死刑を選択すること自体を違法・不当とは言えないものの,判断者の思考過程において責任を逸脱した考慮要素が混じり込んだ結果として死刑判決が下されてしまうとすれば,それは疑いもなく違法・不当である。この問題点に対応するために,まず,最低限,死刑事件に関する従来の量刑傾向を主張立証の対象とし,過去の死刑事件と無期懲役事件の判決及び内容(被害者数その他の事情)を,検察官と弁護人に主張立証させる制度枠組みを設けるべきである。過去の量刑傾向が絶対の基準ではないものの,死刑に関する判断の重大性・困難性をよく裁判員に理解させるべきである。また,現在,裁判所にて作成している量刑資料で事足りるとすべきではなく,死刑
の選択については,あらゆる情状を踏まえた,最大限に慎重な判断が求められるということを裁判員にも理解させるべきである。
イ各種鑑定の証拠採用
 死刑求刑がなされうる事件においては,責任能力に問題がある場合の精神鑑定を実施することを厭うべきでないことは勿論のこと,発達障害や人格障害が見られる場合の心理鑑定・情状鑑定を積極的に行うべきである。また,当事者による精神鑑定・心理鑑定・情状鑑定が提出された場合には,必要性の判断を緩やかに解し,これらの鑑定が証拠として採用されやすい法制度を設けるべきである。
 裁判員が被告人自身の話に直接に接するのは,法廷における長くても数時間の被告人質問だけであり,本来それだけで被告人の命を奪ってよいかどうかを判断することはできないはずである。懲役刑はその後の被告人の反省と更生に期待するものであるが,死刑を言い渡すということは,被告人を更生の余地なきものとして全否定するということである。しかし,わずか数日間の審理と評議だけで被告人のそれまでの人生もこれからの人生も含めて全部否定して構わないと言えるかは大いに疑問である。そのため,死刑求刑のあり得る事件の場合は,専門家による各種鑑定の結果を柔軟に証拠採用するよう,法制度を改正すべきである。
ウ審理期間の確保と死刑求刑事件からの裁判員の排除
 従前の量刑傾向との対比による最大限慎重な検討や各種鑑定による緻密な分析を行うため,死刑求刑があり得る事件については,審理期間を十分に設けることとし,裁判員にも各種記録を入念に検討させることを義務づける制度枠組みを設けるべきである。裁判員の負担軽減や審理の迅速化といった大義名分のもとに,被告人の生命を奪ってしまうことがやむを得ないかどうかという判断が,拙速かつ不用意になされることは許されない。なお,死刑求刑のあり得る事件について,そのような過度な負担を裁判員に負わせることが妥当でないというのであれば,死刑求刑のあり得る事件の量刑を裁判員裁判の対象から外すことも検討されるべきである。
(3)裁判員制度における死刑判決についての全員一致制の導入
 仮に,裁判員を量刑判断に関与させる制度が維持されたとしても,死刑判決を言い渡す場合には裁判官と裁判員の全員一致を要件とすべきである。現行制度においては,基本的には裁判官・裁判員の多数決(但し,最低 1 名の裁判官が賛成することが必要)で死刑判決を言い渡すことが可能である。死刑求刑事件は,死刑に相当する犯罪事実の存否の認定や被告人に社会復帰することを許すか否かを判断することが本質であり,その判断は時に取り返しがつかない結果(誤判)を招くおそれがある。これまでに松川事件,松山事件等の死刑冤罪事件が多く存在することは周知の通りである。そうだとすれば,裁判員裁判において,死刑判決を言い渡す場合には,各自が細心の注意を払って事件を精査して事実を認定し,また量刑に関する諸事情を極めて慎重に検討したとしてもなお死刑に処すべきとされる場合でなければこれを許すべきではない。また,被告人の更生可能性の有無を僅差での可決もあり得る多数決で決することは,人権保障の最後の砦とされるの裁判所の本質とも相容れないものである。裁判所は,被害者等の処罰感情が激しく,また世論が強く死刑を求める事案であっても,他の同種事件との公平さを保って判断を行わねばならない。「更生可能性が有るか無いか」という判断を,多数決によって行うことは,裁判員の個人的見解によって同種事例における死刑の判断に差異を生ずる可能性が非常に高く,ひいては裁判所の公平さを害する結果を招きかねない。永山事件に関する昭和56年8月21日東京高裁判決(最高裁判所刑事判例集37巻6号733頁)は,死刑判断の規範定立にあたって「ある被告事件について死刑を選択する可能性があるとすれば,その事件については如何なる裁判所がその衝にあっても死刑を選択したであろう程度の情状がある場合に限定せらるべきものと考える。立法論として,死刑の宣告には裁判官全員一致の意見によるべきものとすべき意見が
 あるけれども,その精神は現行法の運用にあっても考慮に値するものと考える」と判示している。このような見解は死刑判決の要件を考える上で尊重されるべきであり,死刑求刑事件において死刑判決を言い渡すに当たっては,裁判官及び裁判員の全員一致を要件とし,一人でも死刑に賛成しない意見があれば死刑判決を言い渡すことはできないとの改正がなされるべきである。
第5 公判前整理手続について
1 意見
 公判前整理手続における被告人の予定主張義務,証拠請求義務及び証拠制限の規定を撤廃し,公判前整理手続を検察官の主張・立証の整理及び証拠開示等に絞る手続に再構成すべきである。
2 理由
 (1)公判前整理手続において,弁護人は,公判期日における予定主張をあらかじめ明示すること及び証拠請求を行うことが義務とされ(刑事訴訟法第316条の17第1,2項),公判前整理手続終了後は,原則として,新たな証拠調べの請求が制限されている(同法第316条の32)。この規定は,公判前整理手続に付された事件について,争点及び証拠の整理の実効性を担保するため,公判段階における当事者からの証拠調べ請求を制限する趣旨とされているが,以下に述べるような訴訟構造上の問題が存在し,被告人の黙秘権に抵触するおそれがあり,極めて問題のある規定である。
 (2)刑事裁判は,無罪推定の原則の下で検察官が挙証責任を負い,弁護人は検察官の主張・立証の綻びに合わせて主張を展開するという構造がとられており,被告人側の証拠調べ請求は同法第298条1項に明らかなように時期的な制限は規定されていない。しかし,公判前整理手続においては,弁護人は,検察官の主張・立証が尽くされていない段階で予定主張明示義務を課され,反対に検察官は,公判前整理手続の中で弁護側の主張・反証の全体像を把握して,その立証計画の弱点をあらかじめ補修することが可能になる。被告人側の証拠収集能力と,国家権力たる検察官の捜査能力とでは大きな差異があることが明白であるにもかかわらず,このような規定が存在することによって,両当事者の対等性は一層損なわれることとなる。以上のように,予定主張明示義務と対になる証拠調べ請求の制限は,刑事裁判手続を検察官にとって有利に変容させるものであり,検察官が全面的挙証責任を負う刑事裁判の原則や無罪推定の原則と抵触しかねない。また,本条における証拠調べ請求の制限を被告人側に対して広く認めることになると,事実上公判前整理手続において被告人が主張すべきことを強制されることになりかねず,被告人の黙秘権に抵触するおそれがある。
 (3)現行の公判前整理手続には以上のような問題が存在する以上,その抜本的改正が必要であり,同手続は,検察官の主張・立証についての整理及び証拠開示に絞り,弁護人の予定主張明示義務と証拠調べ請求の制限を廃止した手続きに再構成されるべきである。このような改正を行ったことにより公判前には厳密な公判計画が立てられなくとも,事前の進行協議等で進行計画の見通しを立てたり,追加の証拠請求に備え予備の審理期日を設けることで,計画的・集中的な審理は十分可能なはずである。
 (4)全面証拠開示の必要性については,当会は,2012年(平成24年)2月25日付定期総会決議において既に明らかにしたところであるが,これは言うまでもなく裁判員裁判においても妥当するところであることから,本意見書においても改めてその実現を求める。具体的な証拠開示制度については,以下のようなものとするべきである。
①証拠標目の一覧表の開示
 検察官は,請求証拠の開示と同時に捜査機関が作成した証拠標目の一覧表を弁護人に開示するべきである。
②開示請求
 開示された標目に基づき弁護人から証拠開示の請求があった場合には,検察官は,速やかにその証拠の開示を行う。
③不開示の申立
 検察官は,弁護人から証拠開示の請求があった場合にその証拠について不開示とし,また開示の時期ないし方法を制限し,開示に条件を付すべきであると考えるときは,裁判所に裁定を申し立てることとする。
④裁定の基準
③の請求が検察官からなされた際は,裁判所は,証拠を開示する必要性を著しく上回る弊害があり,必要と認めるときは,検察官の開示義務を免除することができる。裁判所は,被告人の防御における開示の必要性や開示による弊害の内容・程度などの事情を考慮して裁定を行うべきである。裁判所は,証拠開示が権利として原則として認められことを前提とし,検察官が不開示による弊害を具体的に説明できる場合に限定して不開示の裁定を行うようにするべきである。
第6 評議・説示について
1 意見
裁判員裁判における評議や裁判官の説示について,以下のような法ないし規則の改正が
なされるべきである。
①裁判員法第70条の「評議の秘密」の範囲は広範に過ぎ,文言も不明確であるから,秘密の範囲を,自己以外の裁判員の意見について,当該裁判員を特定する形で漏らす行為のみに限定し,守秘義務違反の範囲を明確化すべきである。
②評議の運用を透明化し,少なくとも訴訟当事者に対しては,一般的説明内容の開示等により,評議の運用を知ることを可能とすべきである。
③刑法の基本原則に関する裁判官の説示については,公判廷において裁判官から行われるべきであり,評議の機会においても適宜適切に行われるべきである。
2 理由
(1)はじめに
評議において,裁判官と裁判員との協働が十分に行われ,かつ被告人の防御にも十分に配慮した評議がなされるためには,裁判官によって適切な運営がなされることが不可欠である。しかし,裁判員裁判が開始して3年が経過しても,守秘義務が存在しているため,外部の者はその肝心の評議の内容を知る機会がほとんどないため,我々は現在の制度とその運用が適切なものなのかどうかを踏み込んで検証することができない。また,現在の法律上,評議の適正を担保するための規定が極めて少なく,評議をどう運営していくかという点について裁判官の裁量が非常に大きいことから,裁判官によっ
 て裁判員に不適切な誘導がなされることや,適切な説明がなされないことにより,評決の結果が歪められてしまっている場合があるのではないかとの懸念も指摘されている。
(2)評議の秘密の限定及び明確化
 現行制度の下では、裁判体の構成員以外には,評議が適切に運用されているかどうかを直接検証できる機会は存在しない。裁判員や傍聴経験のある者に質問したとしても,裁判員法第70条は全体的な感想を述べる程度しか許していないことから,国民が評議の運営内容を具体的に検証することは不可能である。刑事裁判の重要な一翼を担う弁護人及び検察官ですら現在の評議の様子を知る術がほとんどないことは,今回のように制度全体に対して提言を行っていく場合のみならず,今後我々が裁判員裁判における弁護活動を改善していく上でも障害となっており,ひいては国民全体にとっても著しい不利益となっている。評議の秘密は,自由な評議を制度として保障するためのものであるが,裁判員の番号により評議の場における当該意見の表明が誰によってなされたかの特定がなされない限りは,当該意見の表明が評議の場でなされたことが公にされたとしても,自由な評議を行うための支障とはなり得ない。また,個人の特定が出来ない範囲で評議の経過が明らかにされたことから,評議に対して生じる支障は,現実的にはほとんど考えられない。したがって,当該意見の表明を行った個人を特定できない範囲で評議の経過並びに裁判官及び裁判員の意見を漏らしたとしても,評議の秘密を侵したことには当たらず,これらについては当該評議に参加した裁判官,裁判員及び評議を傍聴した司法修習生等は守秘義務を負わないこととすべきである。また現行法上の「経過「意見」という」 文言は抽象的・不明確であり,評議の秘密に該当するかどうかの判断が困難で,評議経験について外部に発信することの萎縮効果が懸念されるところであるから,文言を具体的かつ明確にすべきである。運用においても,具体的にどういったケースが評議の秘密を侵したことになり,どういったケースはそうならないのか等を裁判所が裁判員に対し分かりやすく教示することが望ましい。
(3)一般的説明内容の開示
 裁判員の関与する判断事項である事実の認定や刑の量定の判断も,裁判官の合議による法令の解釈の判断,訴訟手続に関する判断等が前提となっているのであるが,これらの判断について裁判官が裁判員にどう説明するかは,刑事裁判の経験がほとんどない裁判員に重大な影響を与えることになる。それにもかかわらず,現在は,これらの判断は,弁護人に不明なまま裁判員に提示され,その内容ばかりか説明がなされたかどうかさえ,基本的に弁護人は知ることが出来ない。このような運用は,被告人に対する適正手続の保障という観点から望ましいものとはいえない。無論,裁判官が裁判員に対し法令の解釈及び訴訟手続のどのような事項の説明を要するかは,審理が進まなければ詳らかにはならないが,公判前整理手続の段階で争点がある程度確定すれば,裁判官が裁判員に説示すべき内容もある程度確定するものと考えられる。例えば,殺意の有無について争点となることが公判前整理手続で明らかとなれば,評議の場において「殺意」の意義についてどのように説明するかについても,公判開始前にある程度決まってくるものと思われる。こういった説示の内容を予め両当事者に開示してその意見を聴取し,あるいは論告,弁論の場においてそれぞれの意見を述べさせることは,適正手続という観点からも,あるいは説明内容の適切性を担保する観点からも望ましいといえる。裁判員に対し資料を示して説明することが予定される場合は,その資料の開示も予めなされるべきである。
(4)裁判員の参加する刑事裁判に関する規則(以下「規則」という。)第36条の説明
 規則第36条は,「被告事件について犯罪の証明すべき者及び事実の認定に必要な証明の程度について説明する」と規定する。しかし,特に「疑わしきは被告人の利益に」という原則(無罪推定の原則)は,刑事裁判の鉄則であるにもかかわらず,一般市民にとって馴染みが薄い。漠然と立証責任の所在と有罪認定のために要求される証明度についての説明がなされたとしても,裁判員の多くはその意義を深く理解することは出来ず,「疑わしきは被告人の利益に」の原則に則った意見を述べることは困難である。「疑わしきは被告人の利益に」の原則については,裁判官から,一般人にも容易に理解可能な平易な言葉によって繰り返し説明がされるべきであるが,その説明の仕方については,法曹三者の間でも必ずしも共通理解があるわけではなく,その説明は,評議室という密室でなされていることから,その説明内容の妥当性を一般国民が検証することが不可能となっている。裁判官が裁判員に対してどのように「疑わしきは被告人の利益に」の原則を説明しているかを,弁護人及び検察官,そして一般国民が検証するために,その説明は,公判廷においてなされる必要がある。また,規則第36条が置かれている節が「第二節選任」であることから,多くの裁判長は裁判員選任の際にこの説明を行い,その他の機会には必ずしも行っていないということも考えられる。刑事裁判の鉄則である「疑わしきは被告人の利益に」という最も重要な原則についての裁判員に対する説明は,まず上記のように証拠調べを始める直前の公判廷においてなされるべきであり,その後も,被告事件の事実認定についての評議を開始する時その他適切な場面において随時なされるべきであって,規則第36条はそのように改正されるべきである。
第7 区分審理制度について1 意見
 区分審理は口頭弁論主義の徹底という裁判員制度の理念と相容れない上,実質的に防御上深刻な問題を発生させるなど,見直しにより是正可能なものではないと考えられるので,区分審理に関する規定は削除されるべきである。
2 理由
 (1)当会の2008年意見書は,部分判決制度の意義を一定程度認めつつ限定的な運用を求めるものであった。これは裁判員裁判における裁判の長期化による裁判員の負担を考慮したものである。しかし,裁判員裁判制度開始後の運用状況についてみると,否認事件などにおいて審理が長期間にわたる裁判員裁判も少なくなく,これにより裁判員の負担が増したことによる弊害は報告されていない。一方で,区分審理により部分判決を下した場合の公判の更新手続きには看過し得ない問題点が指摘されており,裁判が長期化した場合の裁判員の負担について殊更に重く考慮し,被告人の防御権や口頭主義,直接主義の原則を軽視することは許されないものというべきである。
 (2)裁判員法第87条は,区分事件審判に係る職務を行う裁判員の任務が終了し,新たに併合事件に係る職務を行う裁判員が加わった場合には,併合事件を審判するのに必要な範囲で,区分事件の公判手続を更新しなければならないと規定し,区分事件の公判手続の更新は,裁判員規則第60条の例によるとされている。これは,刑事訴訟規則第213条の2の更新の手続にならいつつ,裁判員裁判において,全ての証拠等を取調べることは困難との考えから「併合事件審判, をするのに必要な範囲」においてと規定したものと思われる。
 (3)しかし,録取書面や公判で取調べた書面等の全部ではなく一部のみを取調べるのでは,偏った心証を裁判員に与えかねず,極めて問題である。他方,録取書面や公判で取調べた書面等の全てについて,再度取調べることは現実的とは言えず,また,それではわざわざ区分して審理をした意味がない。さらに,区分審理における具体的な取調べの方式としては,朗読となろうが(刑事訴訟法第305条2項),それは口頭弁論主義の徹底がその理念と考えられる裁判員制度とは相容れないものと言わざるを得ない。
 (4)裁判員法第86条2項は,裁判所は,併合事件の全体についての裁判をする場合においては,部分判決がされた被告事件に係る当該部分判決で示された事項については,これによるものすると規定する。すなわち,併合事件の全体の終局判決にあたり,部分判決で示された事項(証拠も含む)には,併合事件の裁判員は拘束される,というものである。そして,これに加え,併合事件では,前記のとおり区分事件の公判手続の更新手続がとられ,証拠の取調べが行われることとなる。これは,実質的に防御上の深刻な問題を発生させる。なぜなら,区分事件と併合事件では,証拠が共通あるいは密接に関連している場合も想定されるからである。例えば,同一の共犯者がいるとされる場合,区分事件で有罪判決が出された後,併合事件の審理において,共犯者が証人尋問の際に突然,区分事件も含めて,被告人の関与を否定し,それが信用できると考えられた場合,裁判員に正当な判断が可能とは言い難い。また,区分事件で有罪判決が出され,併合事件で証拠等の取調べがされた場合,併
 合事件の審理において「共犯者の自白は被告人に責任を転嫁する引っ張り込みの自白である」との主張をしたところで,裁判員は区分事件の判断に引き込まれる危険性が高く,やはり正当な判断が可能とは言い難い。
 (5)以上のとおり,区分審理事件は口頭弁論主義の徹底という裁判員制度の理念と相容れない上,実質的に防御上深刻な問題を発生させるなど,見直しにより是正可能なものではないと考えられるので,区分審理に関する規定は裁判員法から削除されるべきである。
第8 少年逆送事件について
1 意見
 少年逆送事件を裁判員裁判制度で扱うことは,少年法の理念に反することから,少年逆送事件は裁判員裁判の対象から除外されるべきである。
2 理由
 (1)少年法は,少年の健全育成を理念とし(少年法第1条),少年の保護・教育を優先するという保護主義を採用するとともに,かかる理念・主義を保障するため少年審判の調査及び審理は科学的・専門的に行うこととした科学主義(同法第9条)を規定している。少年法が,事案の真相解明や刑罰適用の実現という刑事訴訟法の目的とは異なり,少年の健全育成を理念としているのは,少年の非行を防止するために必要な教育を行い,社会に復帰させることを第一の目的としたためである。そして,健全育成・保護主義という理念は刑事事件手続にも及ぶため,法は,少年刑事事件の審理にも科学主義を適用することを定め(同法第50条),保護手続きへの事件移送も認めているほか(同法第55条),処遇上の配慮も規定している(同法第51~54,56~60条)。かかる少年法の理念や主義は,少年逆送事件の裁判員裁判において,何よりも尊重されなければならない。
 (2)当会は2008年意見書において,少年法の保護主義の観点から,裁判員裁判の問題点及び,少年逆送事件は成人とは別の運用をするという点について検討する必要を指摘していた。
 (3)これまでの裁判員裁判の実際の運用を検証してみると,多くの裁判員裁判は審理日数が数日ほどしかなく,連日開廷,集中審理の方法が取られており,少年逆送事件であっても,これらの審理日数,連日開廷,審理については,成人の事件と違った運用をするという配慮が見られた例はない。こうした裁判員裁判の運用では,心理学,教育学,精神医学等の専門知識に基づいた資料及び少年や保護者の性格,環境等といった要素を的確に把握して作成された資料を基にして,少年の健全育成をはかり,少年の保護・教育を優先するという,少年法の理念に則った審理を実現することは不可能である。少年逆送事件を裁判員裁判で審理する場合には,少年法の理念を全うすべく,成人の刑事事件とは異なり,審理時間を十分に確保し,裁判員が少年法の理念を十分に理解し,その実現が可能になるような方法で事件を審理するための手続が必要であるが,現在までそうした手続をするための法整備等は何らなされていない。
 (4)以上からすれば,少年逆送事件を,現行の裁判員裁判制度で扱うことは少年法の理念に反していると言わざるを得ず,少年逆送事件は裁判員裁判の対象から除外されるべきである。第9 その他刑事訴訟法運用適正化について1 意見国選弁護人の複数選任に関する規定,取調べの全面可視化,保釈の積極的運用など,裁判員裁判に密接に関連する分野の刑事訴訟法の規定の改正ないし運用の適正化が図られるべきである。
2 理由
(1)国選弁護人の複数選任に関する規定の改正
 裁判員裁判では,連日的開廷で短期間に集中的な審理が行われることから1人の弁護人で対応することは極めて困難である。そのため,裁判員裁判対象事件においては,起訴後,多くの場合において,弁護人が複数選任の必要な理由を明らかにして請求すれば,2人以上の国選弁護人の選任が認められる運用が行われている。被疑者段階においても,刑事訴訟法第37条の5の要件のある事件(法定刑が死刑又は無期の懲役もしくは禁錮に当たる事件)では,多くの場合裁判所の裁量により2人の国選弁護人選任が認められている。しかし,複数選任が認められた事案の中で特に重大な案件であっても3名以上の国選弁護人が選任される例はほとんど見られない。また,法第37条の5の対象外の事件については,国選弁護人の複数選任が認めらる例は極めてまれである。そこで,同条を改正して,対象事件の限定と複数選任の弁護人数の制限を撤廃し,複数選任の必要性の高い事件については3名以上の弁護人選任ができるよう改めるべきである。
(2)取調べの全面可視化の実現
 取調べの全面可視化の必要性については,当会は,2008年(平成20年)7月16日付「取調べの可視化(取調べの全過程の録画・録音)を求める会長声明」などで意見表明を行っているが,この必要性が裁判員裁判においても妥当することは論を待たないことから,本意見書において改めて全面可視化を求める。
(3)保釈制度の積極的運用
 公判前整理手続および連日開廷される裁判員裁判の審理においては,被告人・弁護人は綿密な打ち合わせをし,十分な準備を整える必要がある。したがって,現行の保釈の運用を抜本的に見直し,保釈制度の積極的な運用が図られる必要がある。裁判員裁判制度実施後,保釈率はわずかながら上昇しているとの統計が出されているが,特に否認事件では依然としてほとんど保釈が認められない状況にあり,また,保釈保証金が高額であることから,これを準備できず,保釈請求を断念する例が相当数見受けられる。そもそも,被告人には無罪推定の原則が妥当するのであるから,出来る限り身柄を拘
 束することは避けなければならない。また,裁判所は,権利保釈の場合,請求があったときには法定の除外事由が無い限り保釈を許可しなければならないはずである。しかるに,現在の刑事司法においては,起訴後における被告人の身体拘束率は高く,保釈の運用は原則と例外は完全に逆転され,保釈されて自由の身で公判審理に臨むケースは例外的となっている。このような「人質司法」を打破するためには,無罪推定の原則に立って,被疑者・被告人の身体拘束を正当化する要件を見直して,その適正化が図られなければならない。

平成25年03月13日 自衛隊情報保全隊内部資料の発覚を受け,自衛隊情報保全隊による国民監視活動の中止を求めるとともに,「秘密保全法」の制定に反対する会長声明
ttp://senben.org/archives/4441
1 2007年6月に陸上自衛隊情報保全隊(現在は自衛隊情報保全隊,以下「情報保全隊」という。)が個人・団体の動向を監視し,その情報を系統的に収集・分析していた資料の存在が明らかになった際,当会は同年7月18日付け「陸上自衛隊情報保全隊による国民監視活動に抗議しその中止を求める会長声明」を発した。しかし,その後も情報保全隊が引き続き国民の種々の活動を監視していた実態が新たな内部資料(2010年12月1日付け,同年12月15日付け,同年12月22日付けの各週報)の発覚により明らかになった。これらの新たな内部資料(各週報)は現在仙台高等裁判所に係属中の自衛隊情報保全隊監視差止等訴訟において提出されたものであるが,これらの内部資料から認められる情報保全隊の活動実態の概要は以下のとおりである。
①情報保全課は,当該週に報告された主要な事項及び翌週の主要な予定を整理し,今後の注目点を示す目的で毎週「週報」を作成している。
②「週報」には,「王城寺原演習場近傍地域(色麻町内)において『11.22米軍実弾砲撃演習やめよ!宮城県(現地抗議)集会」における大和町議の発言(12月1日付け週報)や「自衛隊の国民監視訴訟を支援するみやぎの会」が約60名を集め,仙台市内において「裁判の勝利をめざす総決起集会」を行ったこと(同週報),「12.8開戦記念日関連動向」(12月15日付け週報)などといった市民集会のほか,「地方自治体等の動向」として自治体の首長や自治体幹部の言動(各週報),2010(平成22)年11月28日投開票が行われた沖縄知事選の候補者の動向・結果分析(12月1日付け週報)などが記録されている。
③また,12月1日付け「週報」は,「横田基地の撤去を求める西多摩の会」の座り込み行動について,通算回数を明記しているほか,「今回の行動での動員数,主張内容に,過去の取り組みとの変化は認められない。」と継続的に監視していなければ記載できない内容も記録されている。
④さらに,各「週報」には,「イスラム勢力・国際テロ組織関連動向」という項目において,全国のモスク(イスラム寺院)へ礼拝に訪れたイスラム教徒を分類し,特異動向の有無や人数も下一桁まで記録されている。
 2当会が前記2007年7月18日付け会長声明及び2012年4月6日付け「仙台地裁判決を受けて,改めて自衛隊情報保全隊による国民監視活動の中止を求めるとともに秘密保全法制の法案化に反対する会長声明」において指摘したように,情報保全隊による国民監視は立憲主義に反し,プライバシー権(自己情報コントロール権)を侵害するものである。また,情報保全隊は,上記のような集会やデモ行進の監視のみならず,「イスラム勢力・国際テロ組織関連動向」という項目のもと,全国のモスク(イスラム寺院)へ礼拝に訪れたイスラム教徒を監視している。このような監視活動は,表現行為及び宗教行為に対する強い萎縮効果をもたらし,ひいては表現の自由及び信教の自由に対し重大な脅威を与えるものである。そもそも,情報保全隊の任務は,自衛隊の保有する内部情報の流出や漏洩の防止にあり,情報収集活動はその任務に必要な範囲内でしか許されない。しかるに,上記情報保全隊の監視活動は自衛隊の内部情報の流出や漏洩防止とは無関係であって,その範囲を逸脱していることは明らかであり,法的根拠を有しない違法な活動である。
 3にもかかわらず,2010年12月時点においても情報保全隊が人権保障の理念を顧みず国民監視を継続していたことは由々しき事態である。そして,現在も同様のことが継続して行われている疑いを払拭させるような情報もない。
 4よって,当会は,このような憲法や人権保障を無視する情報保全隊による国民監視を即刻中止するよう改めて強く求める。また,このような憲法違反の監視活動も,法案提出が企図されている「秘密保全法」が制定されてしまうと「特別秘密」として「保護」され,これを明らかにして追及しようという国民の行為や監視活動を内部告発することが「犯罪」として処罰されかねない。当会は,このような事態を生じさせる「秘密保全法」の制定に断固反対する。2013(平成25)年3月13日仙台弁護士会会長 髙 橋 春 男

平成25年03月13日 死刑執行に対する会長声明
ttp://senben.org/archives/4436
2013(平成25)年2月21日,大阪拘置所、東京拘置所及び名古屋拘置所において,各1名合計3名の死刑確定者に対する死刑の執行が行われた。死刑は,罪を犯した人の更生と社会復帰の観点から見たとき,その可能性を完全に奪うという問題点を内包している。また,わが国の刑事裁判においては,4つの死刑確定事件(免田事件,財田川事件,松山事件,島田事件)の再審無罪判決が確定し,死刑確定事件における誤判の存在が明らかとなっているが,誤判が生じるに至る刑事裁判の制度上・運用上の問題点は抜本的な改善がなされていない。国際的にみても死刑廃止国は着実に増加し、現在の死刑廃止国(事実上の廃止国を含む)は141か国、死刑存置国は57か国であり、国際社会において死刑廃止が潮流となっていることは明らかである。1989(平成元)年12月の国連総会で死刑廃止条約が採択されて以来、国連の各種委員会からは、わが国に対して死刑廃止を求める決議や勧告が度々なされてきた。フランスやドイツの政府からも,今回の死刑執行に対し,死刑廃止に向かう世界的な流れに逆行するものであり,死刑執行を一時停止し,死刑制度について国民的議論を行うことを要請する声明が出されている。当会は,これまで,政府に対して,死刑制度の存廃を含む抜本的な検討及び見直しを行うまでの一定期間,死刑執行を停止するよう繰り返し要請してきた。また,日弁連は,本年2月12日、谷垣法務大臣に対し、「死刑制度の廃止について全社会的議論を開始し、死刑の執行を停止するとともに、死刑えん罪事件を未然に防ぐ措置を緊急に講じることを求める要請書」を提出して、死刑制度に関する当面の検討課題について国民的議論を行うための有識者会議を設置し、死刑制度とその運用に関する情報を広く公開し、死刑制度に関する世界の情勢について調査のうえ、調査結果と議論に基づき、今後の死刑制度の在り方について結論を出すこと、そのような議論が尽くされるまでの間、すべての死刑の執行を停止すること等を求めていた。その直後に死刑執行が行われたものであり,当会はかような事態に対して深い憂慮の念を示すとともに,強く抗議するものである。当会は,政府に対し,死刑制度が最も基本的な人権に関わる重大な問題であることに鑑み,死刑の執行を停止したうえで,死刑制度の存廃も含む抜本的な検討を行うことを重ねて強く要請するものである。2013(平成25)年3月13日仙台弁護士会会長 髙 橋 春 男