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465 文化庁指針

グラス
>36
>日本の文化を守らない文化庁に緊急メールを!
>下記の報道を見て危機感を覚えます。
賛同される方は文化庁の今回の指針に反対のメールを。

> 文化庁の文化審議会漢字小委員会は9日、漢字の手書き文字について、「はねる」「とめる」など細かい違いで正誤はなく、多様な漢字の形が認められていることを説明する指針案をまとめた。
これは、日本の文化を守らないのではなく、伝統があるがゆえの難しさに対応するものだと思います。
手書き文字の字形は、「とめ、はね、はらい」を含め、書の流派や団体によって違いがあり、統一されていません。ですから、書写の教科書の手本文字の字形も出版社によって違いがあります。勿論、書道教室で教える字形も流派や団体によって違います。教科書の字形と書道教室の字形が違い、学校で手本と違う字形はバツにするとなると、子どもは、同じ漢字でも学校で書く時はトメて、書道教室で書く時はハネるといったように変えて書かなければいけません。そして、今まではそういう負担を子ども達に強いてきました。
公文書に楷書が採用されたのは、明治時代。それ以前、江戸時代は、日本発祥の仮名を交ぜたくずし字が公文書に用いられていました。漢字は字のごとく中国発祥で厳密には輸入した文字。日本も中国も長い歴史の中で様々な書体を生み出しています。
そして、唐様の書体「楷書」が明治政府によって公式書体に採用された。
製版によって、より単純かつ直線的な書体が求められた。
ということから、活字と手書き文字との剥離が進み、混乱が続いています。

それまでの書体は、太・細、強・弱、剛・柔という変化がつけられる筆の特性を活かしたものです。ハネは次のハライに繋げるもので、点の向きや位置と同様に筆の運びに関係します。ところが、製版を主体に考えると、ハネのように細かい部分は出来るだけ少ない方が便利。手書きでは書けない小さい文字を印刷することから、正方形に字形をおさめる、点のような小さな部分も判別出来るようにするといった制約もあり、活字は筆の運びに配慮しない、印刷に適した字形が採用されました。学校教育では、教科書を使って学びます。 教科書の活字とは大きく違う字形を書くように指導するのは、問題があるでしょう。鉛筆やペンは運びが違っていても問題はありません。結果、学校で教える漢字(楷書)の書き方の字形も活字に寄せて作られました。また、書道界は、楷書が公式となったことで、唐様が主流となります。
2013年、和様の書だけを展示した初の展覧会「和様の書」が開催されました。皇太子殿下が鑑賞されたことで周知され、多くの人が来場。公式書体の変遷や日本文化である筈の書道が実は唐様中心になっていたことが広く知られます。一般人は勿論のこと、書道関係者ですら、知らない人が多かったのです。今回の漢字の指導案の変更は、「楷書を正しく書かなければいけない」が「学校で学ぶ漢字の楷書を手書きの正しい書き方として良いのか」という問題を解決するものではないでしょうか。

寸松庵色紙ファン
グラス様、同感です。
元来、手書きが先、印字体があとから生まれたことを考えると、止めるか抜くか、止めるか払うかなどは、「絶対こうあらねばならない」ではなく、許容範囲内ならOK。学習指導要領解説にも記載されています。
しかし、教育現場では混乱を避けるために(?)教科書字体で書かないとテストでは間違いと見なされることが多いようです。
教科書字体は印刷用のフォントに過ぎないのに 、手書き文字が数多ある印字体のひとつに縛られるなんて本末転倒ですよね。
まあ、小学校低・中学年なら、「教科書字体」に統一した方が教える方も楽、習う方も混乱しなくてすむからしかたないとしても、高学年以降は、書写との絡みで、手書き漢字の
「揺らぎ」「許容範囲」を教えてもらいたいものです。
ただ、先生たち自身が書写(書道)をじっくり学んでいない場合、このことを知らないのかもしれません。
「比喩」の「喩」の旁(つくり)の部分は「輸 」と同じでもいいはずでは? と中学の国語教師に問い合わせても、話が全く通じませんでした。
「語彙」の「彙」の字の上部も、手書きでは「緑」「縁」の上部と同じでよいはずなのですが、理解してもらえませんでした。
36さんは、韓国総領事館に投げ込まれた汚物に添えられていた紙の字が、日本人離れした字(笑)だったことなどから、わが国の文字文化が歪んでいくのを危惧されたのかなあ、
と感じました。
決して 36さんを全否定しているわけではありません。
個人攻撃された!などとは思わないでください。
内部分裂は敵を利するだけですから(^ ^)
参照文献
「新常用漢字196 ホントの書き方」財前 謙 (芸術新聞社)ほか

匿名希望
余命爺様
このコメントはできれば非公開でお願いします。
官邸メールの新規募集は締め切られていると存じますが、できれば追加していただきたく、書き込ませていただきました。

テーマ:漢字表記について「正しさ」を維持を求めます
内容:
2016年2月、文化庁が手書きの漢字表記の多様化を認めるとの指針を発表したが、「正しさ」は維持されるべきである。指針の撤回を求める。

読売新聞 2016年2月10日
http://sp.yomiuri.co.jp/national/20160210-OYT1T50028.html
――以下、記事の引用――
指針案では、点や線の「長短」「方向」「つけるか、はなすか」「はらうか、とめるか」「はねるか、とめるか」など、違いがあっても同じ漢字として認められる事例を示した。
(中略)
学校のテストなどでは、指導した字形以外の字形であっても、柔軟に評価するよう求めている。
――引用ここまで――
上記のことがまかり通ると、
「天」と「夭(夭逝の「夭」)」、「士」と「土」、「未」と「末」、「貝」と「見」等、
字形が似ているが全く異なる意味の漢字も混同されてしまう。
「天皇」が「夭皇」と書かれることも起こりうる。あってはならないことだ。
特に学校での指導は、未来を担う子供たちへの指導となる。
幼少期にしっかりとした基礎を教え込まれなければ、上記の「天皇」の例のような「誤字の判断」も「夕(夕焼けの夕か、カタカナのタか)等、同じあるいは似たような文字の文脈による判断」もできなくなる児童・生徒が増え、ひいては日本語の読解や文字による情報伝達が困難になる危険性もある。
漢字にこれほどまでの曖昧さを持ち込んではならない。
漢字は表意文字で、点や線の長短、方向、とめはね等によって字形の違い(=意味の違い)が認識される。
その違いを区別しなくなることは、日本語の漢字の伝達能力を無にしてしまうことだ。
これは愚民化政策そのものではなかろうか。
拡大解釈され、中国の簡字体もOKになったり、
カタカナの「チ」と「テ」、「ス」と「ヌ」、「ソ」と「ン」、「シ」と「ツ」等の違いも曖昧にされたりする可能性があり、かな文字崩壊の危険性もはらんでいる。
さらには、歴史資料の解読が不可能になり、世代間断絶も起こりやすくなる。
現在の出来事や記録を、子供や孫の世代が読めないことになりかねず、危険だ。これは、中国や韓国のように過去に使われてきた文字文化を捨てた国で実際に起きていることだ。
今回の指針案は個人の筆記のクセの範疇を超えており、日本語の文字文化を破壊しかねない。
「多様化」を認める指針案を撤回し、漢字表記の「正しさ」の維持を求める。
・・・・・・・・
官邸メールの文字数を超えないように作成しましたが、不適切な部分などあれば、加除修正していただいて構いません。
当方、2015年末の慰安婦合意以後、余命サイトにたどり着いた初心者で、コメントも書き込むべきかどうか迷いました。
しかし、今回の件は、将来の日本を担う子供達を、日本人として覚醒させないように狙い撃ちにしているように感じます。
うがった見方かもしれませんが、わざわざ文化庁が日本文化を破壊するために「多様化」を持ち出しているのではないか?と感じるのです。
すでに個人的に官邸メールをしていますが、個人の力の限界を感じています。
余命ブログは日本再生のためのブログですので、関わりあるかどうか、採用していただけるかどうかは、もちろん余命爺様のご判断にお任せします。
ご検討していただけると幸いです。

today
余命さん、みなさん、こんにちは
文化庁の多様な漢字を認める話は、チャイナで論争になった、繁体字と簡体字に似てませんか。
毛沢東の文化大革命の時代に識字率の向上を建前に導入した簡体字。
その一方で繁体字で書かれている歴史書や文学書を読めなくなったんです。これはどういうことかといえば、文化を捨てたのです。
日本は文化を捨てるような真似は止めたいものです。
http://yaplog.jp/todays_afpbb/archive/655

いと
余命様
ブログ更新ありがとうございます。
文化庁の指針案について、日本文化の破壊の他にも1年くらい前に話題になった「差別落書きの自作自演」も関係しているような気がします。
http://hosyusokuhou.jp/archives/36650411.html